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2009年6月

2009/06/26

ヴェルサイユ宮殿


2009/06/19

フランス周遊の旅行記、パリジャン闊歩

Ph_08
(5/18)今日はフリータイムの日、
パリをパリジャン?のごとくリュックを担いで(ビデオとデジカメ&雨具のカッパと傘を収納)パリの世界のブランドのお店があるシャンゼリゼ通りをブランド店を横目に見ながら闊歩してきました。
意外と通りを歩いている人が少なかったです。
ホテルを出て地下鉄乗り場へTiketometoro、途中スーパー2軒の前でコップを前に置き、ダンボールの上に座って物乞いしている女の人(白人)2人も見た。どうも宿泊しているホテルの地区は少しレベルの下がった処みたいだ。
地下鉄は改札入口は普通だが降り口の方は物凄い鉄の扉があり、どうやって鉄の扉明けるんだろうかと思った。
これでは無賃乗車は絶対出来ないね!!そこまでやるかsign02
乗車してもなんとなく雰囲気が日本のメトロと違って不気味な感じsign03Metoro添乗員が夜の帰りは「地下鉄は利用しないように!」と云ってた気が分かる感じだった。
現に帰り6時頃だが、黒人が前扉からいったん降り、少し歩き出発間際に飛び乗った。「アッ」この連中かと思われた。
[行程]
地下鉄 ⇒ 9€で凱旋門に登り、上からパリ市内を写す ⇒ シャンゼリゼ通りをルイ・ヴィトン&イヴェ・サンロラン&ジバンシーのブランド店を横目で見ながら歩く Kafe
カフェやレストランもあった  ⇒ アルマ橋の近くのバトー・ムシュでクルージング ⇒ Photoアレキサンドル3世橋(とても奇麗で豪華な橋でした)で写真撮影 ⇒ マドレーヌ教会通りを歩き、プランタンの屋上で昼食(時間が過ぎていたのでメインのものが終わっていた。ヨーロッパ人は時間にシビアだね)&ビデオ撮影 ⇒ 高島屋百貨店(トイレを日本人店員に教えてもらい行く、フリーだとこういうとこ日本みたいに簡単ではないわ!言葉が通じないもんね!) ⇒ オペラ座(やはり豪華だね!) ⇒ 又下ってコンコルド広場に ⇒  地下鉄でホテルに

↓下のURLをクリックするとパリジャンのスライドショが出ます。

パリ市内観光パリジャン?で

パリの空の下で観光
  

フランス周遊の旅行記、「バトー・ムーシュ」でクルージング

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(5/18)今日は最後の日、パリでのフリータイムに 「バトー・ムーシュ」の遊覧船でセーヌ川クルージングをしました。
シャンゼリゼ通りを南に歩いて15分ほどのアルマ橋のたもとにある遊覧船「バトー・ムーシュ」です。エッフェル塔の近くのパリを流れるセーヌ川をクルージングで1時間と少し、着いたら、もう団体の観光客でいっぱいで多数の人が並んでいました。
チケットをシニア割引で(主人が調べておいたので)約10ユーロの半分(約700円)、Tiketokurujingパスポートのコピーを切符売り場で提示し、「チケット、シニア ツウ」と指を2本出して言ったら通じてチケットが買えた。
屋上の方が写真が撮れるだろうと前の方に座った。お陰で写真やビデオ撮りには不自由しなかった。でも、この団体さんよく喋るし、前に出ては写しっこするので、人物がけっこう邪魔になった。船に乗ったままでセーヌ川の観光スポットが見れて、お天気も良かったし、最高で至福のひと時。
「クルージング行程」
エッフェル塔 ⇒ オルセー美術館 ⇒ シテ島は周囲1kmちょっとの小さな島(警視庁、最高裁判所、市立病院) [右岸では金を使い、左岸では頭を使う] と云われている ⇒ パリで最古の橋ボン・ヌフ橋 ⇒ ノートルダム寺院(1163年から150年かけて完成) ⇒ シテ島をぐるっと周り[自由の女神] ⇒ パリ市庁舎 ⇒ ルーブル美術館⇒船着場へ

↓のURLをクリックするとバトー・ムーシュでクルージングのスライドショーがでます。

バトームーシュでクルージング

2009/06/14

博多語り部講座現地巡り

6/13(土)、今日は今私が「博多語り部講座」に短期講座行っている「博多語り部講座現地巡り」であった。Katarib1櫛田神社に集合、最近地下鉄に乗らないので駅名を間違えてしまった。
気づき急いで引き返した。でも幸い間にあったので良かったが!。 もっと繁華街に度々出かけないと田舎っぺになりそう    (#^.^#) weep
沢山のボランチィアの方により細分化したグループに分かれて説明を聞いた。最初の方は声が小さく、マイクもよく通らなかったが、後半の女性ガイドは、さすがよく通る声で又マイクの使い方もうまかったが、
12時までと云われていると云って、説明も簡略でせっかく暑い中歩いた割には時間も余らせ、早めに終わった。
そんなにセカセカしなくても、もっと詳しい説明ガイドが欲しかったです。
暑い中、博多中洲町界隈10kmを2時間で歩きました。また来週も「祇園祭りのおいしょ」の中心部分を回るみたいだから、それが終わって、また写真とが歴史ガイドを加えてUPしようと思っています。

フランス周遊の旅行記、ヴェルサイユ宮殿

Versp4
(5/17)午後はバスに乗り、ヴェルサイユ宮殿に出かける、
ここも人の多さにうんざりする、でもやはりフランスブルオン王朝の絶対王政の象徴、さすがでした。
ルイ14世の栄華を極めた宮殿、さずが[鏡の回廊](2007年に修復工事)沢山のシャンデリアで広くて豪華絢爛、見る価値あり!
太陽王ルイ14世はパリ郊外の寒村に、当時の一流の芸術家や技術者・何万人の
労働者によって見事までに、絶対王政の象徴を50年に渡り建てられた。
17世紀のフランス文化の頂点ともいえる。
宮殿のヘラクレスの間など細部まで気を配った室内装飾はそれは見事なものである。
庭園は見渡せないくらい広大で、噴水や奇麗に刈り込んだフランス庭園特有の植え込みもあり、写真の絵になりました。
もともとは沼地であったこの土地に、森を移植し、噴水を作るために川の流れを変え、
セーヌ川の水を汲み上げる自然の大改造もやってのけたそうで、この時代は重機があるわけでもないからすごい力だと思いました。、

連日、連夜の王侯貴族達のドンチャン騒ぎに、フランス革命の要因にもなり、王家が破滅していったとか、

↓のURLをクリックするとヴェルサイユ宮殿とパノラマの写真が出ます。

ヴェルサイユ宮殿

ヴェルサイユ宮殿パノラマ

2009/06/10

モネの睡蓮のビデオ

(5/14)クロード・モネの[睡蓮]のビデオを作って見ましたが、なぜか少しボケてる感じ!!なぜだろう?これが奇麗に撮れていたらもっと庭園の雰囲気が表わされるのですが、
右下のスイッチSu_4で大きい画像で見れます。

2009/06/08

フランス周遊の旅行記 ルーブル美術館(5/17)

(5/17)午前、ルーブル美術館を見学、人、人、人と見学者のなんと多い事、こんなに人気があるのか?
絵に興味の無い私としては多すぎると思いました。芸術を鑑賞するのでなく、人ごみの中で絵を見るといった感じです。
ガイドの方は長年フランスにおられるみたいだ、「スリが多いので持ち物には気をつけて下さい。スリは入場料を払ってスリに来ています」と云われたが、さもあらんこんなに多いとスリに会うだろうと思いました。
膨大な絵画や美術品、世界の至宝を集めた物、物凄く広大な建物、全部見るのに何年もの月日がかかるとか。
ヤレヤレなんとまあsign03

ミロのヴィーナス・サモトラケのニケ・ナポレオン1世の戴冠式の絵(ナポレオンは法王から冠をもぎ取り自ら冠をかぶったとか)Ru12
・アポロンのギャラリー(眩いばかりの天井装飾)
・カナの婚礼(お水がワインに変わったとか)Ru14




・民衆を導く自由の女神(この絵の説明を受ける前、「ジャンヌ・ダルクね」と言ったら、これはジャンヌ・ダルクではありませんと言われた。今まで50年にわたりそう思っていて恥をかいた)Ru18
・モナリザ(人の中で見た感じ)等をチョイスして見て回った。

正直言って芸術の鑑賞でなく、人ごみの中で人の頭越しに見た感じsign02

見学後はバスでパリ市内(パリのシンボル凱旋門・エッフェル塔・)を見て回った。
ここでも小雨にあった。午後は晴れたけど、この旅行は一日のうち雨が降っていたかと思えば、晴れてくるといった変なお天気が続いた旅であった。
エッフェル塔付近は高級住宅地でマンション、やはり雰囲気が違っている感じだsign01こんな処で暮らして見たいhouseDscf8133w600


昼食はレストランで中華料理、やはり食べ慣れた中華料理は美味しかった。久しぶりのウーロン茶にはホッとしたね!

↓のURLをクリックするとルーブル美術館のスライド写真が出ます。
ルーブル美術館

午後はヴェルサイユ宮殿へ

2009/06/06

フランス周遊の旅行記 シャンポール城(5/16)

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(5/16)午後、昼食後バスでシャンポール城へ行く、途中には古城も見えた、添乗員からお城の名前を言われたが、この年になるとフランス語はすぐ忘れてしまう!! でも遠目ながら写真を撮ったが、車窓からでは全然ダメであった。bearing

シャンボール城はフランソワ1世が狩猟用の邸宅として建てたもので、ロワール川流域最大の城です。フランスのルネッサンス様式の建築の最高傑作と言われ、ダ・ヴィンチの設計と言われています。しかし、城全体の設計者は未だに謎です。sign02
シャンボール城は非常に豪華な城ですが、居住には向いておらず、 結局フランソワ1世は城を完成されることはありませんでした。 その後、アンリ2世も城の工事を続けましたが、ルイ14世(1638-1715)は、この壮麗な城を大変気に入り、バレエやモリエール演劇の上演を行ったり、狩猟を楽しむために何度も滞在したそうです。 sagittariustaurus
外からだけの写真撮影だけの観光でした。とても大きくて狩猟場だけの為の城にしては、あまりにも大きすぎて、巨額のお金を費やしてまで、無駄使いといった感じでした。moneybag 奇麗で豪華なお城だから、観光的には最高だけどね!!

その後又2時間半かけシャトルブルーとして称えられている「シャルトル大聖堂」へ、Syatorr大きくて立派で厳かな大聖堂でした。
前に広場があったので大聖堂の全体像が撮れました。camera 



礼拝堂の内部のステンドグラスはすごく奇麗でした。
14
礼拝堂は薄暗いのでボケるから椅子にカメラを据えて撮りました。お陰でわりと奇麗に撮れました。
ゆう子満足 goodcamera
↓下記のURLをクリックすると「シャンポール城」と「シャルトル大聖堂」の写真が見れます。
シャンポール城&シャルトル大聖堂

観光後又バスで華の都パリへ、
パリの連泊のホテルがすごく酷かった。この事は是非書きおきたかったので書く事にした。
パリのレストランで夕食後、それぞれの2箇所のホテルに分かれて行く事になった。
いい気分でレストランを出てバスの停まっている処へ行ったら、助手の方と運転手がなにかやり取りしていて、フランス語ながら険悪のムードであった。
その事は運転手が我々の方のホテルに宿泊するらしく、Sホテルの方の荷物(26人分)をもう一方のバスへ移して欲しいと訴えていたが、助手の人は最初の計画道理にすると、トラぶっていた。
運転手の言い分は納得出来るが計画道理行く事になった。我々Aホテル分の荷物があるかチェックして下さいとの事で私は自分の荷物を今まで道理移そうとスーツケースを持ったら、助手の方がヒステリックに「荷物を確認だけで良いです!!」とおらばれたので、慌てて退いた。
バスに乗ったら今度はひどい渋滞、十字路ではどちらも信号無視、我先に行こうとクラクションを鳴りまくり、運転手が降りて側の乗用車とケンカ腰のやり取り、これだけ渋滞している信号機、世界のパリで交通システムが無いわけでもあるまいに全然交通警察が来る気配も無し!!
渋滞して停まっている時、周辺の地下鉄から降りてくる人が黒人ばかり、この地区は黒人居住地なのか?と思われた。
ホテルにやっと着いたら、ちっぽけなホテル、玄関前にはビニールや紙が風でフアフアしていた。
部屋に入ったらなんと一人用の部屋にベットを2つ入れた感じで、狭くて、汚く、ハンガーも無く、風呂の栓も無く、スーツケース2個を置いたら足の踏み場も無く、ベットへ上がるにも下から這い上がって行かなければならない酷さでした。

周囲の環境は、夜遅くまで黒人居住区なのか黒人若者が騒ぎ、レースカーテンも無いのでカーテンも開けられなかった。
主人が癇癪をおこし、宿を替えて貰う様頼みましたが、予約しているホテル代は破棄した事になり(料金は取られる)新規のホテル代が8万9千円と云われ、やむなく諦めましたがひどいホテルでした。
Aクラスといえばいくら外国といえど、世界のフランスなのだから、現地状況が分からない訳でもあるまいに、せめて三ツ星以上のホテルを予約して欲しいものだ!!
入口の看板プレートには二つ星であった。Dscf8086w400

これではCかDクラスのホテルでしょ!!sign02
ここで3泊とは酷過ぎる感じです。sign03bearing
他の方も不満を云っていらしたみたいだ、日○旅行の旅行プラン係りはひど過ぎるね、もう、日○旅行会社を利用したくないと思いました。

2009/06/04

フランス周遊の旅行記 シュノンソー城(5/16)

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(5/16)午前、世界遺産ロワール地方の古城巡り、
エピソードのある シュノンソー城は16世紀以来、400年間、代々の城主が女性だった事もあり 「あでやかな6人の女の城」と呼ばれている。
中でも、フランス王アンリ2世は、Rowaruanri
永遠の美女(アンリ2世より20才も年上)である 寵妾ディアヌ・ポワチエに Diannupwatie
この城を贈りました。アンリ2世の死後は憎々しく思っていた正妃カトリーヌ・メディシスは、Catherinedemedici
城を取り上げ、寵妾ディアヌ・ポワチエを追い出し、ギャラリー部分を建てて舞踏会に使用されました。又庭園を作ったりで寵妾ディアヌ・ポワチエの物を一掃した。
この正妃カトリーヌ・メディシスはイタリアの大富豪メディチ家(薬で儲けた一族で)の出身で、イタリア芸術(スプーン)と共に毒を持ち込み、アンリ2世の兄に始まり息子2人(シャルル9世やアンリ3世) サン・バルテルミー事件ではコリニー提督や6,000人のプロテスタントを彼女の命令で殺させた。世界最大の悪女であった
城内にシェール川を取り入れ、広大な庭園の中に気品を漂わせてたたずむ白い城で
川をまたいで建てられた姿がとても優美です。
1863年 修復を手掛けたマダム・ブルーズに渡り、現在はムーニエ家の私有財産だそうです。

ゆう子はここでも感動 eye wine
うれしさのあまり沢山写真 cameraやビデオ movieを撮りまくりました。
入口までの高い並木道は絵になるねーsign03 Syenon01
また、プラタナスの奇麗に手入れされた木の並木の景色に又感動!!eye
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又機会があったら再度訪れたい場所でした。
又皆さんにお勧めの観光地のお城です。


城を見学後、ワインの試飲にワイン店へ、3種類のワインを少しづつ頂く、でも結構なお値段であった。winewine
昼食はレストランでミネラル水より安いロワールワインを頂く、美味しかった。wine
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↓下記をクリックするとシュノンソー城の写真が出ます。

シュノンソー城

2009/06/02

モン・サン・ミッシェル修道院(5/15)

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(5/15)午前、モン・サン・ミッシェル修道院へ見学に行く。
「西洋の驚異」と云われる海上に浮かぶ幻想的な景観は「さすが!さすが!」である、見る価値が十分にあった。
島の入口の王の門を通り、365の石段、狭くて細い道を登って内部を見学しました。細い道や螺旋階段等を通ったのでどの様に行ったのか後で地図を見ても良く分からない、数回行けば分かるのであろうと思うが、

モン・サン・ミッシェル修道院からのグレーの石灰質の砂浜は、日本では見た事の無い異様な砂浜であった。
干潮の差が激しい湾に建っていたが、今は堤防によって遮られているが、砂浜が盛り上がってきたので、元の戻す計画になっているそうで、これから工事される予定なっているそうです。これから旅行されている方は工事中かも?
[モン・サン・ミッシェル修道院の解説]
8世紀に大天使ミカエルのお告げによって司教オベールが建てたベネディクト派の修道院で巡礼地である。Mikaeru

岩山の頂上は、聖堂や回廊、広間などがひしめいている「天空の神の国」。地形に合わせた建物の増築を重ねて築き上げられた巨大な修道院である。
フランス革命の嵐の中で閉鎖され、一時は政治犯の監獄として使われた。
百年戦争時は英仏海峡の要塞の役目を果たしていた。
ヴィクトル・ユゴーの紹介がナポレオン3世を動かし、1865年に再び修道院として復元され、ミサが行われるようになった

中層部で貴賓客や貴族をもてなし、上層部は修道士の生活の場となっていました。
1979年にはユネスコの世界遺産に登録された。
以上は [Wikipedia]よりの写しより

宗教と政治が絡み合いながら、生きながらえた修道院であり、世界遺産です。 Omuretu
 
昼食は巡礼者に振舞ったといわれる「オムレット」、名物のオムレツ料理
フワフワとして軽い感じのオムレツで、とても美味しかったです。

下記をクリックするとモン・サン・ミッシェル修道院の写真が見られます。

モン・サン・ミッシェル修道院